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近世地域情報プロジェクト

近代移行期における地域情報とその蓄積過程に関する比較制度研究

  • 日本学術振興会科学研究費補助金 基盤研究A(課題番号:19203018)(研究代表者:村山 聡)
    •  平成19年度〜平成22年度

研究課題

近世日本の史料体系はどのようなものであったのか。特定の農村や複数の農村を対象とした地域に関して、どのような情報がどのような種類の人々によって共有されていたのであろうか。領主文書、地方文書そして寺社文書など多様な構造を有している近世日本の史料体系に関して、古文書の種類や分類は広く知られており、また、庄屋文書など各家単位の文書目録作成などにおいては、すでに膨大な研究蓄積がある。しかし他方で、近世文書の膨大な史料群はどのような全体系を有し、何が継続的に保持され、何が変化していったのかが明らかにされた研究は管見の限り存在しない。

視点

個別の歴史資料に関し、そこに表現された内容を分析するのは当然であり魅力的である。しかし他方で、特定の時代や地域の史料体系は、信頼関係のネットワーク、コミュニティ構造そしてさらに権力関係のあり方との深い相互関係にあり、史料体系自体が特定の地域と時代の特徴を示している。にもかかわらず、この点が注目されることは少ない。たとえば、家族構造やライフコース分析における比較研究はなされてきたものの、分析データを得ることのできる史料自体が歴史的な地域性を有していると指摘されることは少ない。このような問題設定は、近世ヨーロッパと近世日本の双方に関して、丹念な地域史的な資料収集に従事してきた経験から発した研究代表者独自のものである。

方法

そこで具体的には、近世日本の人口現象において特徴的ないくつかの地域を取り上げ、地域情報のあり方とその蓄積過程を史料体系の分析を通じて明らかにする。つまり、人口関係資料、財産関係資料、地域環境関係資料などの史料体系の特徴を把握し、その体系的特徴と経済人口学的な地域特性との相互関係からその地域の特徴を把握しようと考えている。もっとも、史料体系の分析が具体的にどのような方法を意味するかが問題であろう。研究代表者が意図しているのは、第1に、研究分担者の東がその専門分野としている資料学的解読である。つまり、種々の文書の作成・保管・管理・活用のあり方を再現・構築することにより、当該文書の成立の背景に隠されている社会や人間関係を明らかにしようという方法である。そして、第2に、研究代表者が折りに触れ指摘してきたように、また同じく研究分担者の磯田が『武士の家計簿』で明らかにしたように、歴史資料はただ偶然に残されているのではなく、その存在そのものが歴史分析の対象になりうる。つまり、文書作成の意図と目的の解読である。そして第3に、史料体系の比較が可能なデータベース検索・分析ツールの開発が不可欠であり、たとえば庄屋文書などに関して文書目録自体を分析できるようにする。

目標

以上の史料体系分析方法に基づき、以下の目標を設定したい。個別に史料研究を行っている研究者ならびに一般の地方史研究者とのネットワーク形成の下に、多面的に検索可能で他からも参画・協力しやすい低コストのデータベース構築とその公開を通し、(1)選択した特定地域の史料体系の全貌を提示することを目標にする。また、特定の庄屋文書などに対象範囲を限定しつつ、さらにいくつかの地域を比較検討することによって、(2)近代移行期における地域情報の多様性と同質性の構造を明らかにし、(3)近代化の準備段階において不可欠であった地域情報の蓄積過程つまり日本独自の創発的近代を明確にすることを目標にする。またそのような近世期に形成された地域情報の基層構造が近現代経済史にどのような影響を与えてきたかについても可能な限り明らかにしたいと考える。

具体的な研究計画(例示)

  • 天草高浜村(現在の熊本県)の分析
    • 高浜村には、同村の庄屋であった上田宜珍(うえだ よしうず)の日記が残されている。
    • この日記は彼が40歳から65歳にかけて記したものであり、寛政5(1793)年から文化15(1818)年にかけてのものである。
    • 添付ファイル(07VI02UedaDiary.pdf(1262))には、その分析視角を記している。
      • この時期、天草では実に多くの問題が噴出していた。
      • 一つは5,000人にも及ぶ隠れキリシタンの発覚であり、二つ目には疱瘡の流行があった。経済的にも決して容易な時代でもなく、高浜村は二度にわたる大火災を経験している。村と呼ばれてはいたが、3,000人程度の人が住む町的な性格を備えてもいた。
      • そのような多難な時代に庄屋である上田宜珍は可能な限りの努力をしていたことが日記から伺える。国家が社会の福祉に大きな力を発揮していた時代ではない。地域社会の手元にあるあらゆる情報と手段を利用して問題の解決を図ろうとしている。
      • その姿を明らかにすることを通じて、明治政府が誕生する以前の天草における地域情報体系を明らかにしようというのがこのプロジェクトの一つの課題である。
      • その際、上田家文書の体系性を理解することは特に重要である。日記の記載と連動させながら、文書目録(天草上田家文書目録.xls(5073))を分析する方法を新たに開発していく必要がある。

研究成果

  • 研究成果については、ダウンロードできる添付ファイル(C-19MurayamaKibanA.pdf(717))を参照してください。雑誌論文、著書ならびに国際学会等での報告などを知ることができます。